My roots

幾千年前からの自分のルーツを見つける”旅”の記録です。

1人で歩く

大袈裟wwとも言えるけれど ここからは1人なんだと 現実を見てしまったのです。

 

と言うのは、私が、あの人がここに居るんじゃないか?と思っていたところに いなかったのです。

偶然知る事になったその事実に 唖然茫然。

ただ、心は苦しい。一縷の望みも消えて もう会えないと言う事実だけが残された。

 

そう上手くはいかないんだよなあ・・・

そんな都合良く進むはずがない。

完全に 独立独歩になると言う事だと 思い知った。

 

彼の職場に出入りも 今はしていないだろうと・・・だから 全く気配が無いんだ。とわかった。
逆に言うと、あの人の気配やオーラ、エネルギーを 私は わかるという事。

察知できる。

 

私の中にセンサーが内蔵されていたのかしら?

彼と同じ職場にいた時に感じていた気は あの人の・・・だったのでしょう。

その自分の感覚をずっと否定してきたし、そんな訳ないと否定してきた。

私は自分の事を否定してきたんだ・・・。

 

そんなはずはない、あの人の気配もエネルギーも 私が勝手に思い込んでいるだけだと打ち消して来た。

 

私が私を否定することは 繋がりの深い片割れの魂をも否定すること。

 

否定しながら私はいつも依存していた。

あからさまにあの人に対して何かを言ったり頼ったわけではないけれど 気持ちの上で、とか 遭遇して滞った私のエネルギーを循環させてもらおうと 思ったり

 

気持ちの上での依存は大きかった。

 

気配やエネルギーがわかると言うことは 私の重いエネルギーがあの人にも伝わっていると言うこと。

 

結局のところは私は・・・彼とあんなに『練習』したはずなのに また同じようなことをやっているのか?


前よりは気付くのが早くなったかも知れないし あの人自体が 徐々に姿を消していったのは優しい神の采配でも宇宙の計らいでもあるのかも知れない。

 

・・・居なくなると合図してくれたもんな。

あの人は 自分の中では 完結して次のステージに移っていったんだよね。

 

ならば、私は遅ればせながら 1人で自分の道を歩いて また自分の内側に深く入りながら 進むだけ。

 

魂にとっての約10ヵ月なんて 長い時間では無いけれど人間の身体を持ってしての10カ月は大きなロス。

でも、後悔しても仕方ない。

今、気付く事が出来たのだから それはそれで良いと言うこと。

 

もう一度 自分に問おう。

 

私は何をやっていきたいのか。

私の魂はどんな人生を望んでいるのか?

今、やっている天職と思うことをそのまま進んでも良いのか?

 

そんな時期なのだと・・・あの人が居なくなってかなり経って居るけれどようやく見つめ直す機会が巡って来た。

知るのが怖くて見ようとしなかった部分に入り込んで行く時期が・・・。