My roots

幾千年前からの自分のルーツを見つける”旅”の記録です。

夫との関係

共依存・・・その言葉に近いものがあるのではないかと思います。

 

夫の育った環境と 私の育った環境はあまりにも違いがあり過ぎて 結婚の話が出た時に 私の母は心配したのでした。

 

それは、私自身が 共依存の関係に陥る可能性が高かったから。

 

現に、「この人には私が居ないと」と思った部分があったのは事実です。

 

肉親の愛情を 感じるようにと 夫に接してきました。

 

それは 正しい愛情ではなかったのだと 数年経って分かります。

 

私は 夫の母親代わりになっていたと思います。

 

 

 

夫の、子供に対する接し方や、職場で部下に対しての・・・育てると言う部分が決定的に欠落していると感じたのは 子供たちがある程度育って来て、また、職場で部下が次々に辞めていく状況を見ての事でした。

 

決して、暴力を振るうとか、酷い暴言を吐くとかではなく・・・

自分より年下だったり目下の人の 気持ち等を慮る事が出来ない。

どう、伸ばして良いのかも的を射ていないような感じです。

 

それでいて 思うようにいかないと 見捨てるような言動(それが暴言か?)をする。

 

確かに 結婚当初から 私に対してもそんなところがありました。

夫婦仲が破綻した原因・・私サイドの気持ちとしての破綻なので 夫はどう考えているか分かりませんが・・・

 

命より仕事・・・な考え方。

 

男性なら『仕事が一番』と言うは アルアルなのかもしれませんが、命がかかる状況で・・と言うのはさすがに 如何なものでしょう・・・

 

我が子や嫁の命より大事な仕事なんてこの世にあるのだろうか?

そんなに大した職業なんだろうか?

上司が居て 任せる事も出来たのに・・と言う状況であったので(夫は自分でなければダメなんだ!と言い張りましたが・・後にそんな事も無かったようだと知りました。それが、決定打です)

 

夫の育った環境では 自分以外に対する愛情を育む事は出来なかったと思われます。

夫の姉たちも、どこか 愛情不足の状態でしたから・・・

命に対する重さが 自分以外には無いような感じと言うのでしょうか。

 

夫の父が亡くなって 一悶着あり、当然 離婚の話が出た訳ですが、多分・・・今は『その時ではない』から 決定的に 別れるところまで行かないのでしょう。

今の私であれば 夫が居なくても生きていけるのですから。

 

まだ、何か 夫との間に やり残しているものがあるのだと思います。

それとも、何かに囚われた状態であるのかも知れません。

 

もしかすると、時が来たら 夫とは別々の道を歩んで行く事になるのかも・・・

夫婦として・・は もう既に破綻しているのですから。

 

以前は 何が何でも離婚する!と思っていましたが そんなのは 自己中心的な考えで、簡単に事が運ばなくて当然だと思います。

やはり、その時が来たら しかるべき理由で・・・・と言うのが自然の流れでしょうね。