My roots

幾千年前からの自分のルーツを見つける”旅”の記録です。

幻でも 何者でも・・・

実は。

 

あの人が何者なのか ちょっとわからなくなった出来事がありました。

 

私が見間違えていたのか?

 

車ですれ違うあの人・・・今から3年近く前に はっきりと車種とナンバーと本人を見て・・・彼の職場の人だと思ったのです。

私が、その1年前にお世話になった人だと。

 

しかし、本当に イコールなのか?と半年前から疑問に感じていました。

 

 

他の・・・ある企業の駐車場に(それは 彼の職場の近くの)に その車がある事。

 

だけど、どうしても分からないのは・・・

 

その企業の人であったとしたら、私の車を見て 何故私だと認識するのか?

私自身は その企業には 全く縁が無いし 知り合いも居ないのです。

 

私が今乗って居る車が 私のものであると認識するには・・・私の名前を知って居ないと認識出来ない特別な意味があるのです。

 

そして、彼の職場で私の目の前に現れるのが、偶然にしては・・・頻度が多い上に 絶妙過ぎて(一度は・・・追いかけて来た?と思ったくらい)

 

そして、彼の職場で見るあの人に そんなに激似の人が そんなに沢山存在しているのか?こんな近くに・・・と。

 

疑問を持つと共に 私は自分の中で 何度も問いました。

彼の同僚だから あの人が気になるのか?

もし、違う企業の人(違う職業の人)であれば 気にならないのか?

 

答えは 何度も自分で出していました。

 

かなり前にも・・・蠍座満月の記事でも書いています。

 

『幻でも 何者でもいい』

 

あの人が誰であってもいいと思っているのです。

遭遇する度に 心を癒してくれる存在だと。

 

どんな職業でも たとえ家族が居ようとも・・・ただ、会えるだけで 幸せだと思える。

 

ただ、その姿を見る事ができるだけで 辛い事にも向かっていけると。

直接会話する事が無くても 私に力を与えてくれる存在なのだと。

 

彼の職場で見る人も、同じく癒しをくれる存在。

もしかして、その、私が車で認識している人が別人でも その人も 同じ存在。

 

同じでも違っても それこそ幻を見ていても 私が『あの人』と思っている人は私に勇気、力を与えてくれる。

 

同一人物だろうとなかろうと どうでもいい・・・

 

でも、ちょっとだけ・・・もし、あの企業の人ならば 何故私を認識して、じっと見ていたり、笑っていたり 時に不自然に顔ごと反らしたりされるんだろう・・って疑問はあるのですけれどね。

 

私、何か失礼な事でも 気付かずにして居ただろうか?って。

いつ、どこで?って(笑)

 

彼の職場の人であれば「その節はありがとうございました」と話しかける事が出来て、違う企業の人であれば「私、何か失礼な事をしたでしょうか?」と尋ねる事が出来るのかな?

 

それくらい 近くで直接遭遇したら・・・の話になってしまいますけれどね。